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東京地方裁判所 平成8年(ワ)8340号 判決 1998年7月10日

原告

与儀実秀

被告

山元健一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金六二二七万一六四四円及びこれに対する平成三年七月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億二四五八万八四九三円及びこれに対する平成三年七月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

なお、原告は、平成九年一〇月三一日付け準備書面において、原告の主張する損害額を整理し、請求損害額として金一億三二八二万三五七九円を主張しているので、本件は一部請求である。

第二事案の概要

本件は、原告が、以下に述べる交通事故につき、被告に対して、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条を根拠に損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成三年七月一九日午前三時〇八分ころ

(二) 場所 東京都足立区梅田七丁目二五番地先路上(国道日光街道上)

(三) 加害者 被告所有の普通乗用車(品川五三ち五四三、以下「加害車両」という。)を運転していた被告

(四) 被害者 原告

(五) 態様 歩行者の横断が禁止されている日光街道上を、原告か、足立区足立四丁目一六番方向から同区梅田七丁目方向へ自転車を引いて横断中、制限時速五〇キロメートルをはるかに超過する時速約一〇〇キロメートルで走行してきた加害車両と、本件事故現場において衝突した。

2  責任

被告は、進路前方の安全を確認することなく、制限速度をはるかに超過する時速約一〇〇キロメートルで加害車両を走行させたため、加害車両を原告に衝突させて後記のとおりの傷害を負わせたものであるから、民法七〇九条により原告の損害を賠償すべき責任がある。

また、被告は加害車両を保有していたものであるから、原告の人身損害について、自動車損害賠償保障法三条により賠償すべき責任を負う。

3  傷害結果とその後の治療経過

原告は、本件事故により、びまん性脳損傷、外傷性くも膜下出血、心損症、腹腔内出血、頭部・左肘挫創、外傷性左動眼神経麻痺、両側脛腓骨骨折(左側は開放性)の傷害を負い、受傷後直ちに日本医科大学附属病院救命救急センターに搬送され(搬送時は昏睡状態)治療を受けた。

以後の入院等の経過は、概要以下のとおりである。

ア 平成三年七月一九日(受傷日)から同年八月五日まで

前記救命救急センターで左脛腓骨骨折につき創外固定術、意識障害が遷延するため気管切開術等の治療を受ける。

全身状態が安定したため転院となる。

イ 平成三年八月五日から平成四年一二月一日まで

亀有大同病院に転院し、前記傷害の治療のほか、MRSA感染による左下腿骨髄炎の治療をも受ける。

ウ 平成四年一二月一日から平成八年二月七日まで

リハビリ目的で一宮温泉病院に転院し、左脛骨骨髄炎の創処置等を受けたが、完治しないまま京成病院に転院。一宮温泉病院以降は、主として骨随炎の処置・治療・経過観察のための入院である。

エ 平成八年二月七日から同年三月一四日まで

京成病院に入院。

オ 平成八年三月一四日から同年五月二四日まで

桜井病院に入院。

カ 平成八年五月二四日から同年九月一九日まで

西新井病院に入院。

キ 平成八年九月一九日から平成九年五月二三日まで

済生会宇都宮病院に入院。

同病院において、左脛骨の慢性骨髄炎の根治治療を受ける。同骨随炎自体は治癒。

ク 平成九年五月二三日から同年六月九日まで

比企病院に入院。

ケ 平成九年六月九日から同年九月三〇日まで

栃木県医師会温泉研究所附属塩原病院に入院。

コ 平成九年九月三〇日以降

前記比企病院に入院。

4  損害のてん補

本件事故の損害賠償金の一部として、三三一九万〇一三五円が支払われている。

二  争点

1  原告主張の各損害の有無及びその額

特に、原告の後遺障害の程度、逸失利益、慰謝料については争いがある。

2  過失相殺の有無及びその割合

第三当裁判所の判断

一  損害額の認定について

以下においては、各損害ごとに当事者双方の主張を対比させた上で当裁判所の認定額を示すこととするが、結論を明示するために、裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。

1  治療費等 金一七二五万三一二〇円(原告の請求額金一七二六万四九六四円)

(一) 太田病院

金二七万一六二四円(原告の請求どおり)

甲第五〇号証、第五一号証による。

(二) 日本医科大学病院

金四四七万七四三〇円(原告の請求どおり。)

甲第六号証の一、二による。

(三) 亀有大同病院

金二五九万九四八四円(被告の認めるとおり。)

甲第七号証の一ないし一七による。

(四) 山梨医科大学病院

金五万五六八〇円(当事者間に争いなし。)

(五) 一宮温泉病院

金五七六万九二八二円

(原告の請求額金五七八万二六三二円。)

甲第八号証の一ないし三八による。

(六) 古屋眼科病院

金一万三三六〇円(当事者間に争いなし。)

(七) 京成病院

金三一万二二八〇円(当事者間に争いなし。)

(八) 東京大学医学部附属病院

金三四八五円(原告の請求どおり。)

甲第四九号証による。

(九) 桜井病院

金四五万六五六五円

(原告の請求額金五〇万五一二三円。)

甲第四九ないし第五一号証による。原告主張の犀川支払分は、平成八年四月一六日に金一五万円を送金し、金九万九二七九円の返還を受けたものである(甲第四九号証の添付資料八三)から、差額の金五万〇七二一円と認められる。

(一〇) 西新井病院

金八〇万三六七〇円(原告の請求どおり。)

甲第四九号証、第五〇号証による。

(一一) 済生会宇都宮病院

金一七二万四九三〇円(原告の請求どおり。)

甲第四九号証による。

(一二) 比企病院

金三万八〇七〇円(原告の請求どおり。)

甲第四九号証による(平成九年五月二九日から同年六月一二日までの分として)。同書証添付資料八一は、現在の入院のための保証金と考えられるので損害とはならない。

(一三) 塩原病院

金四九万八八四〇円(原告の請求どおり。)

甲第四九号証による。

(一四) 比企病院

金二二万八四二〇円

(原告の請求額金四五万円)

比企病院に入院した平成九年九月三〇日から同年一二月三一日分として四五万円を請求しているが具体的な立証はない。同病院に入院した平成九年五月二九日から同年六月一二日までの約半月の間に三万八〇七〇円を治療費として要したが、比企病院での治療には基本的に変化はないと考えられるから、右期間と同様の治療費がかかるものとして、約三か月分の金二二万八四二〇円を認めることができる。

2  通院費 金一四万円(当事者間に争いなし。)

3  看護料 金三六八万一二三三円(当事者間に争いなし。)

4  眼鏡代 金六万五〇〇〇円(当事者間に争いなし。)

5  装具代 金一九万〇九〇〇円(原告の請求どおり。)

甲第五〇号証、第五一号証による。

6  転院代 金三一万九四八〇円(原告の請求額金三五万九四八〇円)

甲第四九ないし第五一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の請求額のうち、比企病院から東京への予想額を除いた分を、すべて認めることができる。

7  将来の医療費、通院費等 金一五五万八五八四円(原告の請求額金五〇七万三八四〇円)

被告は、これらの費用は単なる可能性に留まるもので、具体的な立証はないと主張する。

しかしながら、甲第五三号証(医師比企達男の後遺障害診断書)によれば、今後も長期間のADL維持のためのリハビリと脛骨骨随炎の創部の処置がなおしばらく必要とされているのであり、そのためには治療費等がある程度確実な出費として見込まれる。この点は原告が仮に病院を退院できたとしても事情は変わることはないと思われる。したがって、損害として認めることとするが、その期間については、不確実なものとして控えめな認定をするのが相当である。

ゆえに、将来も原告が主張するように月額三万円程度の医療費が必要となる(弁論の全趣旨、比企病院等での治療費の額等)として、今後少なくとも五年間は支出を余儀なくされると認めるのが相当であり、ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、金一五五万八五八四円となる。

8  入院雑費 金三〇八万一〇〇〇円(原告の請求額入院洗濯代と合計して金三二七万二五一六円)

入院中に洗濯代を支出したことは認められる(甲第四九号証)が、被告が主張するように、これは入院雑費の中に含まれているというべきである。

入院雑費としては、日額金一三〇〇円として、本件事故当日の平成三年七月一九日以降少なくとも六年六か月は入院を継続しているから、原告の請求にしたがい、二三七〇日分として三〇八万一〇〇〇円となる。

9  休業損害 金二一九八万六〇二〇円(原告の請求額金二四四九万七七〇〇円)

原告の本件事故前の収入については、一か月金三一万四〇八六円であることは当事者間に争いはない。

また、原告が、本件事故後現在に至るまで仕事に就いていないことは明らかである。

問題は、後述するように原告には後遺障害が認められるが、その症状固定時期との関係である。

原告は、平成九年一二月末日までの休業損害を請求しているが、被告が主張するように、平成八年九月に、本件事故による外傷性の左脛骨慢性骨随炎の治療(手術を含む)のために済生会宇都宮病院に入院し、手術を含む治療を受け(甲第二三号証(同病院浜野医師の診断書)、甲第二五ないし第二八号証)、平成九年五月に、リハビリのために比企病院に転院したことが明らかである(甲第二七号証、第三四号証)。

したがって、原告の後遺障害の症状が全体として固定したのは、平成九年五月末ころと考えるべきであり、事故から平成九年五月末までの少なくとも五年一〇か月は、休業損害があったものと認められる。

よって、月額三一万四〇八六円の七〇か月分として、金二一九八万六〇二〇円の休業損害を認めることができる。

10  後遺障害逸失利益 金四一五六万二〇五一円(原告の請求額金六五七九万五〇六〇円)

(一) まず、逸失利益の算定の根拠として、後遺障害の有無、程度を確定する必要があるが、原告の後遺障害と考えられるものとして、次のようなものがある。これを、自賠法施行令別表(以下「別表」という。)に定められている後遺障害に該当するかどうかという観点から検討する。

A 左動眼神経麻痺、左眼瞼下垂、両眼視力〇・四以下(甲第二四号証)

原告は、右の点を別表の七級一号に該当すると主張している。

しかしながら、被告が主張するように、左眼瞼下垂のため眼があかないことと失明とは、眼の視力そのものとしては違っているものと言わざるを得ない。この点、原告は、左眼には複視という障害があって物がだぶって見えてしまうので、見えるとかえって危険であると医師から説明を受けているようである(原告本人)が、複視自体が別表で後遺障害と認められており、それが失明に比して低い等級になっている(一二級一号)ことを考慮すれば、やはり失明と同視することはできない。

次に、被告は、原告が平成八年二月の診断では、両眼とも裸眼で〇・六以上の視力を有していた(甲第九号証)のに、それが、平成九年二月の診断になると、両眼とも矯正視力で〇・四という視力になっている(甲第二四号証)ことから、本件事故と視力の低下との因果関係について疑問を呈しているようである。しかし、原告が本件事故により左動眼神経麻痺となり複視になったため、左目を閉じたままで右目だけで見ていたこと等から視力が衰えたものと考えられ、他に視力の減退を理由付けられる要因がない以上、本件事故との因果関係は肯定される。

以上によれば、原告は両眼の視力が〇・六以下になったもの(別表九級一号)と左の眼球に著しい調節機能障害または運動障害を残すもの(一二級一号)の併合として認められ、別表八級相当となる。

B 記憶喪失

原告は、本件事故により事故前相当期間(一五年か二〇年位)の記憶を失い、自分が結婚していたことや妻のこと等も記憶がなくなっていた(原告本人等)。

これは、びまん性脳損傷、外傷性くも膜下出血等の傷害を受けた後遺障害と考えられるが、記憶をすべて失った訳ではなく、日本語や基本的な生活習慣等は記憶を失っていなかったのであり、別表においても記憶喪失が後遺障害としての等級を与えられていないことをも考慮すると、この点は、後遺障害慰謝料を算定する場合の増額事由とすることで足り、労働能力喪失として逸失利益を算定することは相当ではない。

C 両下肢の運動障害による歩行困難、左下肢短縮、手術後の疼痛、左足関節運動制限、手術瘢痕(甲第二八号証、第五三号証、原告本人等)

原告は、これらを別表七級一〇号、一三級九号、一二級一三号に該当するとしている。

しかし、左足の運動障害は、仮関節を残しているとの立証はないので、別表七級一〇号に該当しない。

左下肢の短縮については別表一三級九号に該当し、手術後の疼痛は局部に神経症状を残すものとして一四級一〇号に該当し、左足関節の運動制限は、一二級七号の関節の機能障害に該当する。

手術瘢痕、左眼瞼下垂の点双方を考慮しても、別表一二級一三号に該当するような著しい外貌醜状とは認められない(甲第五四号証、原告本人)。

(二) 以上の検討の結果、原告の後遺障害としては、Aの系列の後遺障害(併合八級)とCで示した各後遺障害が認められる。

これらを併合して、別表の七級相当と認めることができる。

(三) ところで、後遺障害による逸失利益は、別表に定められた労働能力喪失率をある程度基準として尊重して算定されるべきであるが、最終的には個々人の具体的状況に応じて算定されるべきである。

原告の場合、前述したように、左眼は視力は失っていないものの、眼瞼の下垂及び下垂を矯正しても複視が問題となるため、機能的には左眼を使ってものを見ることはなく(原告本人、甲第二四号証、第二五号証)、足についても、杖をついてようやく歩行ができる程度で、歩行速度も極めて低速であり(原告本人、甲第五五号証、第五八号証)、当面就労は困難なことはもとより、リハビリを経ても就労するまでになるには相当長期間を要し、その際も相当限定的な内容の仕事しかできないものと推認される(甲第二五号証、第二八号証、第五二号証、第五五号証、原告本人等)。

これらの点に、原告がタクシーの運転手として働いていたことをも考慮すると、視覚障害の点は重大な労働能力喪失につながるものと言わざるを得ず、歩行障害についてはリハビリによる改善の可能性が認められるとは言っても、労働能力喪失率は六五パーセントを下回らないものと認められ、その喪失期間も通常の就労可能年数(六七歳)までと認めるのが相当である。

また、後遺障害の基礎となる収入としては、賃金センサスの第一巻第一表、産業計、企業規模計、男子労働者学歴計全年齢平均賃金年収金五六七万一六〇〇円(症状固定時は平成九年であるが、平成九年の平均賃金の資料がないから平成八年のものを使う。)を用いるべきである。原告は、学歴計の年齢別の平均賃金によるべきであると主張しているが、原告の本件事故時の年収額は前記の全年齢平均よりも低額であることに鑑みると、全年齢平均程度の収入を得ることは蓋然性があるものと認めることができても、年齢別の平均賃金までの収入を得ることができたとの蓋然性は認められない。

よって、右金額を基礎収入として、労働能力喪失率を六五パーセント、症状固定時の五〇歳から六七歳までの逸失利益をライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、その額は金四一五六万二〇五一円となる。

11  慰謝料 金一六〇〇万円(原告の請求額金三〇〇〇万円)

前記の本件事故の態様(被告が一般道路を時速約一〇〇キロメートルで走行した等)や、本件事故により、原告が一時は昏睡状態にあり、その後も現在まで入院を余儀なくされ、一五年から二〇年間の記憶を喪失したこと、結婚してまだ間もなかった妻とも離婚せざるを得なかったこと、さらには、前記のとおりの後遺障害を負って、現状においては、今後就労できるかはおろか、一人で生活していけるかどうかも不安な状態にあること等本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、傷害分の慰謝料としては金五〇〇万円、後遺障害分の慰謝料としては金一一〇〇万円とするのが相当である。

12  小計

以上の損害を合計すると、一億〇五八三万七三八八円となる。

二  過失相殺について

被告が主張するように、原告は、深夜国道日光街道という幹線道路上を、歩行者の横断禁止の規制がなされているにもかかわらず自転車をひきながら横断した。

一方、被告は、若干飲酒した上の運転であり、他の車両と速度を競い合うかのような形で、制限速度を五〇キロメートルも上回る時速約一〇〇キロメートルもの速度で進行したため本件事故を惹起した。(以上の事実につき甲第一号証の一ないし一三)

原告に過失があることは明らかであるが、被告の過失が相当重大であることを考慮すると、一五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

したがって、過失相殺した後の金額は八九九六万一七七九円となる。

三  損害のてん補及び弁護士費用

(原告の請求する弁護士費用は金一二六七万三〇二二円)

右の金額から損害のてん補を受けた分を控除すると、五六七七万一六四四円となる。

原告が、本件訴訟の提起、追行を原告代理人らに委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情を考慮すれば、弁護士費用として実費等の一切を含め金五五〇万円を認めるのが相当である。

したがって、本訴における認容額は、六二二七万一六四四円となる。

第四結論

以上により、原告の本訴請求は、金六二二七万一六四四円及びこれに対する平成三年七月一九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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